高齢者層における世代内扶養の財源を相続税で賄う場合の社会的影響の私的考察

 成人の日に暇なので愚考してみた。資産運用とは何も関係ないし長々と書いた続きとか読まなくてもいい。あと念のために書いておくけど、真に受けないこと。
 概要と書いといて何だけど短くない。あと以下にはそぐわないので書かなかったけど、稼ぐほかに毟られない知識も無いと社会と個人間での正常な綱引きは不可能ですね。無知と貧困は人類の大罪。

概要

年金や医療などの福祉政策に存在する世代間扶養という考え方自体が反発を生んでいる。日本の人口が減少していく以上は支払う側の賛同を得やすい意見である。

 現実に最も資産を抱える年齢層は高齢者である。しかし同時に世代内で最も資産のばらつきが大きい層も高齢者である。つまり福祉の対象となる者が最も多いのは高齢者であるため、高齢者福祉自体は必要である。

 世代間扶養を問題とする一派は財源を若年者層に求めることを問題としている。高齢者が自身で扶養が可能であれば何も問題は無いはずである。同世代に富豪が存在するのであればその資産を移転することで世代内扶養が可能ではないか?行うべきを世代間の所得移転ではなく世代内の資産移転とすることで解決は出来ないだろうか。しかし財産権は憲法でも保障されているとおり基本的に保護されるべきものである以上、資産の強制的な収奪は避けるべきである。

 そこで私人として現世に存在しなくなった時点、死亡後に徴収することを考える。死亡時の相続税の基礎控除を減少または撤廃するのである。その影響としては、もっとあるかもしれないが以下3点を挙げる。

  • 親が死んだ時点で都心の一等地から一般市民は追い出される
     土地の高度利用の観点からは望ましい。
  • 徴収した土地や有価証券およびその他現物の処理負担増
     徴収時の評価額で換金できることはまずない。処理すべき件数も激増する。
  • 営利以外の殺人に対する正当性の付与
     快楽殺人者が若い資産家を殺害し資産を奪わない場合、結果として社会福祉の役に立つことになる。自分勝手な殺人で「社会福祉の維持のため」と主張する事に利用される。一般市民はその様な主張に対し消極的な賛同を示す可能性が高い。

 相続税による福祉の充実は究極的に「俺のためにお前が死ね」と主張している事になる。それなりに自覚した上で主張するべき。つまりワタクシは相続税の強化は支持しない。悪影響が大きすぎると考えるためである。悪影響を減殺する他の政策と併用すれば実行してもいいが、それが何かは思いつかない。

 高齢者が個人単位で自分自身を扶養できれば何も問題ないため、高齢者自身が収入を目的として働き続けることは正しい。国民一人当たりの生産性向上とも親和性が高い行為である。
 社会正義に殺されたくなければ国民全員が公的補助に頼らない収入を得るべき。


以降が本文。

コスト削減が無分別に叫ばれる世では「所得移転」そのものが反発を生む

 年金制度に対する不信のひとつに「世代間扶養という概念自体が不公平である」という一見極端な意見が存在する。
 この意見は、生産年齢人口から高齢者への所得移転による福祉は持続可能なものでは無い、と予想した場合に起こり得る反応のひとつである。その持続不可能性の予想は日本の人口動態が減少に向かっている統計を根拠としているのでそれほど極端な反応でもなく、少数意見でも無い。
 もちろん、給付金額の減少および保険料の増加を、持続可能に必要な額へと変更していけば持続可能な事は負担増とセットで自明である。

裕福なのは誰か

 この問題の根源は、福祉政策の財源をどこに求めるか、ということである。
 大和総研資本市場調査部による報告現在の高齢者は豊かである(2005年11月30日:PDF)にある統計を見る限り平均的に最も資産を保有している年齢層は60歳以上の高齢者である。さらに同世代で保有資産額が最もばらつくのも高齢者である。福祉により救うべき高齢者は確かに存在し、高齢者は最も福祉の対象となる人数が多くなるので高齢者福祉を特別視する必要自体は存在する。
 つまり、裕福なのは高齢者で、福祉が必要なのも高齢者なのである。

 個人的に穿った見方をすると、本当に扶養が必要な老人を人質にして、彼らに「老人をいじめるな」と言わせている富裕層の高齢者が存在するように見える。その戦術は彼ら高齢者層が人口動態から多数派になっていくことから有利に推移することが明らかである。が、この1文は予断。

財産権の保護と相続税

 最も資産を保有する層が高齢者であり、それを何とか取り出せないかと考えた際、個人の財産権を侵害するような手段は避けたい。何故ならそれは対象が無分別に拡大適用される恐れがあり、無分別な適用は自己扶養が可能な層を被扶養者へと転落させる原因になってしまいかねないからである。

 財産権を侵害しないで済ませるには侵害される存在がいなければ良い。つまり死んでいれば権利は消失しているはずである。個人が死亡した際に適用する税として相続税があるが、これには5,000万円+法定相続人数×1,000万円の基礎控除が存在する。これを削減および廃止することで故人の私有財産を財源として徴収可能なはずである。ただし税率は最大50%なのですべて没収というわけでないあたりは考慮して頂きたい。

 故人は死んでいるから扶養の必要はない。死ぬのが多いのは高齢者のはずなので、これを福祉の財源とすれば高齢者層内での世代内扶養となるのではないか。さらに言えば生産年齢人口からの所得移転を軽減できるはずではないか?

影響の予測

 個人的に考えが及ぶ範囲で影響と問題になりそうな点を考える。
 富裕層が生前に行う対策、実際に死亡した後に起こる影響、それ以外として資産を狙う周囲の身勝手な反応の3点を考慮する。

  • 富裕層が生前に行う対策
     生前贈与、寄付の増加、資産管理団体の設立、海外への移住等が思いつく。
     贈与には贈与税があり、寄付は自ら社会への還元を行うものであるから問題ないと考える。
     資産管理を行う団体として財団は公益に資する必要があるため寄付と同様である。株式会社の場合は法人税があるため死亡後も継続的な運用益をあげるようなら社会の利益となる。大々的に運用すべき。
     海外移住は、本人だけの移住では何の意味もないが一家揃ってなら意味はある。が、それが成り立つほどの資産家は現状では日本に土地を保有しているのではなかろうか。そうなると居住地が海外というのはどうか。移住については考えに抜けがあるだろう。

  • 死亡後の影響
     一等地から平凡な市民は追い出される。徴収対象となる現物資産の量が増加する。
     あまりにも高額の土地資産は相続できないだろう。しかしそれはバブルを批判し適正な土価格へと是正しろという意見の反対側の真実のはず。高い土地に貧乏人が住むのは分不相応なのは確かで、相応の収益を上げる施設に転換して社会全体の収益を改善するのが確実に正しい行動。なんで生前に売らなかったのかという話である。
     高額なのは土地に限らない。妙な骨董や絵画など、売る際には必ず目減りが起こる現物が存在する。これを評価額で現物入庫することを余儀なくされるだろう。勝手に徴収するのに換金の手間を個人に負わせるのは難しい。負わせても良いが相当な批判および罵詈雑言を遺族が出すことは間違いない。そして予算として使うために換金する必要があり、先ほど述べた様に絶対に目減りするのである。

  • 勝手な周囲の反応
    相続税の福祉目的税化は、金持ちが死ぬ事に正義を与える。
     運用の複利を考えると金持ちの年寄りが健康的に長生きして運用益を膨らませるのは正しいのだが、それを理解しない身勝手な気狂いは激昂する可能性が高い。もっと膨らむ余地があるのに「もう熟してるよ」と言いながら果実を青いまま切り裂こうとするだろう。資産を相対基準で「俺より多い」と判断するのは完全に間違いであり不幸の元なのだが。
     快楽殺人者が若い資産家を殺害し資産を奪わない場合、結果として社会福祉の役に立つことになる。自分勝手な殺人で「社会福祉の維持のため」と主張する事に利用される。一般市民はその様な主張に対し消極的な賛同を示すだろう。何故なら給付金に持ち主の名前は書いて無いから。
     さらなる問題は、金持ちであるからといって年寄りでは無いと言うことである。金に色は付いていないため周囲は資産家に対し年齢差による区別をしない。これは年齢差による区別を行いたかった当初の目論見を考えると大問題である。

個人的結論

 人間は不死ではなく加齢することも確定している以上、若年のうちに貯め込んでおくか、若年者から譲ってもらうしかない。望ましいのは若年のうちに備えることであるが、既に老人となっている人が今から貯めるのは無理。
 ここで「無理だから死ね」と言えれば簡単である。「俺等は貯めこみ始めてるからお前らは自分で何とかしろ」と偉そうに言うことが出来れば気分が良いだろう。だが若年層をみても貯めない人は多く、彼らは役に立ってないかといえば役に立っている。キャッシュフローが廻り廻ってその結果としてワタクシも貯め込む事が出来ている。それを無視して支払いを全て拒否するのは、身勝手な行為であることを自覚した上で行うべきであろう。
 政治的には、都合の悪い事実を知っていても言わずに都合のいい主張ばかりを繰り返すのは手段としてありえる。だが自己の悪意は自覚するべき。自虐のためではなく長所短所の把握と短所への対応を行うためである。

以上により、相続税の強化策は所得移転を資産移転へとシフトする役には立つが、年齢差の問題を解決しないと結論する。
 何か不具合を補完する施策を同時に行えばモラルハザードは防げるのかもしれないが、ワタクシには金持ちへの嫉みを軽減する策を思いつけない。何故ならワタクシだってビルゲイツとか羨ましいので。

余談

 高齢者が個人単位で自分自身を扶養できれば何も問題は無い。ならば高齢者自身が収入を目的として働き続けることが適当になる。もっとも、収入を公的補助以外から得るのであれば労働に拠る必要はない。国民一人当たりの生産性向上は必須課題であるため、団塊世代以上はこれからも怠ける事は許されない。団塊未満でも定年後は悠々自適など言い出す者は批判の対象として適当であろう。
 社会正義に殺されたくなければ国民全員が公的補助に頼らない収入を得るべき。停滞を呼び込むもの、進歩を止めるものは社会悪である。

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プロフィール

まひわり

 老後の備えという腹積もりは別に無く、単に数字を増やしたいという欲望で資産運用を行っています。
 趣味で運用をしていると言えますが、自分以外に行動を監視する人もいないので甘い行動をとってしまいがち。